目薬の防腐剤BAKは目の表面にどう影響する?——長く使うときに知っておきたいこと

目薬の防腐剤BAKは目の表面にどう影響する?——長く使うときに知っておきたいこと

ベンザルコニウム塩化物、いわゆるBAKは、点眼薬で広く使われてきた防腐剤の一つです。複数回使う点眼薬では、容器の中で細菌が増えるのを防ぐ必要があります。その役目を担うのが防腐剤です。BAKは保存性が高く、製剤にしやすく、長年使われてきた実績があるため、多くの製品で採用されてきました。ただ、その便利さがある一方で、眼表面への刺激や負担が問題になることがあります。とくに緑内障のように、何年にもわたり、時に複数の点眼薬を続ける病気では、BAKへの累積曝露は見過ごせません。近年は、防腐剤フリー製剤やBAK以外の保存システムを使った製剤も増えており、患者ごとに点眼治療を見直す流れが強まっています。この記事では、BAKがなぜ使われるのか、長期使用で何が起こりうるのか、そして臨床研究をどう読めばよいかを整理し、実際の対応につなげます。

BAKとは何か——点眼薬で使われる理由と基本的な性質

BAKは、陽イオン性界面活性剤に分類される防腐剤です。界面活性作用を持つため、微生物の細胞膜に作用して殺菌・静菌作用を示します。この性質が、複数回使う点眼薬の品質保持に役立ちます。一方で、細胞膜や脂質に作用する性質は、眼表面の生体組織にも影響しうる点が大切です。つまり、微生物に効く仕組みと、眼表面を刺激しうる仕組みには、ある程度重なる部分があります。

眼の表面は、涙液層、角膜上皮、結膜上皮、杯細胞(涙を安定させるムチンを分泌する細胞)、マイボーム腺由来の脂質層などが協調して守っています。このバランスが崩れると、乾燥感、しみる感じ、異物感、充血、見え方のゆらぎが出やすくなります。ドライアイは単なる「涙不足」ではなく、涙液の不安定化と眼表面の炎症が関わる病態であり、上皮細胞と免疫系の相互作用が重要です[8]。総説でも、ドライアイは涙液恒常性の破綻と炎症が中心にあると整理されています[14]。このため、眼表面に繰り返し加わる化学的刺激は、症状だけでなく病態にも関わる可能性があります。

では、なぜそれでもBAKが使われるのでしょうか。理由は単純で、製剤として扱いやすく、防腐効果が確かで、長く使われてきた実績があるからです。とくに一般的な多回投与ボトルでは、防腐剤なしで安全性を保つのは簡単ではありません。単回使い切り容器や特殊なフィルター機構を使えば防腐剤を減らせますが、コスト、容器の大きさ、操作性の面で課題が出ます。つまり、BAKは「悪者だから残っている」のではなく、製剤学上の利点があるため使われ続けてきたのです。

ただし、BAK入り点眼の影響は一律ではなく、濃度、1日の点眼回数、使用期間、併用薬の数、もともとの眼表面の状態などで変わります[2]したがって、「BAK入り点眼は全員に危険」とも、「昔から使われているので問題ない」とも言い切れません。評価すべきなのは、患者ごとの総曝露量と、眼表面の耐えやすさです。

実際、緑内障治療で使う点眼薬は長期継続が前提です。プロスタグランジン関連薬は、眼圧を下げるために広く用いられる薬剤群です[13]。眼圧コントロールが十分でない場合には、併用療法が検討されることもあります。このとき、薬効成分そのものだけでなく、保存剤への曝露も積み重なります。ここが、短期投与の抗菌薬点眼などとは事情が異なる点です。

長期使用で何が起こるのか——眼表面障害とドライアイ悪化の機序

BAKを含む点眼薬の長期使用は、一部の患者で眼表面バリア機能の低下、涙液の不安定化、眼表面炎症の持続と関連することがあります。症状としては、しみる、乾く、ゴロゴロする、かすむ、赤い、点眼後につらい、といった形で現れます。診察では、角膜や結膜の上皮障害、角結膜染色(色素で眼表面の傷みを見やすくする検査)の増加、涙液層破壊時間(涙の膜がどれくらい安定して保たれるかを見る検査)の短縮、充血などがみられることがあります[2]

仕組みを順に追うと理解しやすくなります。まず、BAKは界面活性作用によって脂質や細胞膜に影響します。眼表面では、涙液の最外層で蒸発を防ぐ脂質層や、上皮細胞の膜構造が影響を受ける可能性があります。すると涙液層が不安定になり、乾燥しやすくなります。乾燥と浸透圧の変化は上皮ストレスを高め、炎症性シグナルを強めます。ドライアイでは、上皮細胞と免疫細胞の相互作用が炎症を維持し、症状を長引かせることが知られています[8]。また、ドライアイの病態研究では、ICAM-1の発現亢進のような炎症関連変化[20]や、Th17(炎症に関わるT細胞の一群)関連の免疫応答による角膜バリア障害が報告されています[15]。ただし、これらは主にドライアイの機序を示す知見であり、[15]は動物研究です。BAK曝露の臨床影響を直接証明したものではありませんが、眼表面障害を考える手がかりにはなります。

ここで大切なのは、症状と所見が必ずしも一致しないことです。ドライアイでは、自覚症状が強いのに所見が軽い人もいれば、逆に染色障害が目立つのに訴えが少ない人もいます[9]。質問票を使った症状評価も、病態把握に役立ちます[11]。そのため、BAKの影響を考えるときは、「角膜に傷があるか」だけでは足りず、患者が毎日感じている不快感や見え方の質まで含めて見る必要があります。

緑内障患者では、眼圧を下げることが最優先です。しかし、点眼がつらくて続けられなければ治療は成り立ちません。眼表面障害はアドヒアランス(指示通り治療を続けられること)の低下につながります。しみるために回数を減らす、充血が気になって自己中断する、複数薬の順番が雑になる、といった問題は珍しくありません。つまり、BAKの問題は「少し刺激がある」という話にとどまらず、長期治療の継続に直結する実務上の問題でもあります。

また、累積曝露という視点も重要です。同じ濃度でも、1日1回と1日4回では眼表面への負荷が違います。1剤だけよりも2剤、3剤併用のほうが総曝露は増えます。高齢、術後、自己免疫疾患、コンタクトレンズ使用歴などがあると、眼表面が不安定な人もいます。したがって、BAKの影響は薬剤単体だけでなく、その人の眼表面の「予備力」で決まると考えると理解しやすいでしょう。

一方で、すべての障害をBAKだけで説明するのも正確ではありません。有効成分自体の刺激、点眼回数の多さ、基礎にあるマイボーム腺機能不全、アレルギー、環境因子なども症状に関わります。だからこそ、臨床では「BAKが悪いに違いない」と決めつけず、しかし見逃さない、という姿勢が必要です。

エビデンスをどう読むか——緑内障治療を中心とした臨床研究の要点

BAKの影響を考えるうえで、最も参考になるのは緑内障領域の比較研究です。なぜなら、長期かつ反復投与が標準であり、眼表面障害が治療継続に直結するからです。まず大きな枠組みとして、BAK保存点眼を、代替保存剤あるいは防腐剤フリー点眼と比較した系統的レビュー・メタ解析では、BAK保存点眼は眼表面疾患の指標で不利になりやすいことが示されています[2]。とくに、眼刺激、乾燥感、角結膜染色、充血などの眼表面関連アウトカムで、BAKを含まない製剤のほうが良好な傾向が確認されています[2]

もし眼圧下降効果が同等で、眼表面への負担が少ないなら、長期治療では後者を選ぶ合理性があります。実際、β遮断薬に限った系統的レビューでも、防腐剤フリー製剤は保存剤入り製剤に比べて、眼圧下降効果を保ちながら忍容性や眼表面安全性で有利な可能性が示されています[1]。これは、「保存剤を抜くと効き目が落ちるのではないか」という不安に対する一つの安心材料になります。

ただし、ここでメタ解析の読み方には注意が必要です。第一に、研究ごとに比較対象の薬剤成分、BAK濃度、投与回数、観察期間が異なります。つまり、「BAK」という一語で完全に同じ曝露を指しているわけではありません。第二に、眼表面評価の指標も一様ではありません。症状スコア、充血、染色、涙液関連指標などが混在します。第三に、短期試験では差が小さくても、実臨床の長期累積では差が広がる可能性があります。そのため、論文の結論をそのまま単純化するのではなく、「どの患者に当てはまりやすいか」を考える必要があります。

それでも、臨床的にはかなり一貫したメッセージがあります。すなわち、BAK保存点眼は眼圧下降の主役である一方、眼表面にとっては不利に働くことがあり、とくに長期・多剤併用ではその問題が見えやすい、という点です[1][2]。これは「BAK入り点眼は使うべきではない」という意味ではなく、「眼表面障害がある患者では、保存剤設計まで含めて薬を選ぶべき」という意味です。

ドライアイ研究の側から見ても、この理解は自然です。ただし、ドライアイの病態研究はBAKそのものの直接検証ではなく、眼表面障害が涙液不安定性と炎症の悪循環で悪化しうることを理解する助けになる、という位置づけです[14]。炎症を抑える治療で症状や所見が改善することも示されており、たとえばシクロスポリン点眼の系統的レビューでは、症状や染色所見などの改善が報告されています[4]。結膜リンパ球に対する作用も示されています[19]。また、lifitegrastはICAM-1/LFA-1(炎症細胞どうしの結びつきに関わる分子)経路を標的にし、ドライアイでの有効性と安全性が検討されています[3][6]。これらはBAKを直接調べた研究ではありませんが、刺激要因を減らしつつ炎症を整える考え方に一定の筋が通ることを示しています。

つまり、BAKの議論は「保存剤そのものの毒性」だけでは終わりません。涙液不安定化、上皮障害、炎症持続という流れの中で理解すると、なぜ患者がつらくなり、なぜ防腐剤フリー化で楽になる人がいるのかが見えてきます。逆に、症状がまったくなく、眼表面所見も安定し、1剤のみで良好に管理されている患者にまで、機械的に全員切り替える必要があるとは限りません。エビデンスは平均像を示しますが、処方は個別化が前提です。

実臨床での対応——防腐剤フリー製剤への切り替えと患者指導

実臨床で大切なのは、BAKの問題を「あるかないか」ではなく、「今の患者にどの程度関係しているか」で考えることです。切り替えを検討しやすいのは、眼表面障害のサインがある人です。乾燥感やしみる感じが続く、点眼のたびにつらい、角膜染色がある、充血しやすい、複数の緑内障点眼を長期併用している、もともとドライアイがある、といった状況では、防腐剤フリー製剤や代替保存剤製剤への変更を考える価値があります[1][2]

  • 1剤でも点眼時の刺激や乾燥感が強い
  • 2剤以上の緑内障点眼を継続している
  • 角結膜染色、充血、涙液不安定などの所見がある
  • もともとドライアイ、自己免疫疾患、術後眼などで眼表面が弱い
  • 不快感のために自己中断や点眼忘れが起きている

切り替えの考え方はシンプルです。まず、眼圧コントロールを崩さないことを前提に、有効成分が同等で保存剤設計の異なる製剤があるかを確認します。同成分の防腐剤フリー製剤があれば、最も比較しやすい選択肢です。なければ、眼圧下降効果と眼表面への影響の両方を見ながら、薬剤クラスの再構成を考えます。たとえば、1剤で足りないために多剤併用になっているなら、合剤の活用や治療全体の組み直しによって総点眼回数を減らせないかを考えます。総点眼回数が減れば、BAKに限らず眼表面への負荷は下げやすくなります。

ここで患者にどう説明するかも重要です。「防腐剤が入っているから危険です」と伝える必要はありません。そうではなく、「長く使う中で目の表面に負担が出る人がいるので、効き目を保ちながら、より合う形に調整します」という説明のほうが実際的です。過度に怖がらせると、必要な緑内障治療まで中断されかねません。緑内障では視野障害が進むと元に戻らないため、点眼継続の重要性は常に強調すべきです。

患者指導では、点眼手技の見直しも欠かせません。手技が不適切だと、必要以上に液があふれ、眼瞼皮膚や眼表面への接触が増えて、刺激感が強くなることがあります。教育動画の介入で点眼手技が改善した無作為化試験もあり、手技指導には実際的な意味があります[17]。また、β遮断薬点眼では、点眼後に1~5分ほど静かにまぶたを閉じる、あるいは必要に応じて涙点部を軽く押さえると、鼻涙管への流出や全身移行を減らしやすくなります[7]。こうした「点眼後のひと工夫」は安全性全体を高めます。

  • 1滴だけ正確に点眼し、何滴も入れない
  • 点眼後は1~5分ほど静かにまぶたを閉じ、必要に応じて涙点部を軽く押さえる
  • 複数の点眼は5分ほど間隔をあける
  • しみる、赤い、かすむ、乾くなどの変化を自己判断で放置しない
  • 症状がつらくても中断せず、早めに医療者へ相談する

人工涙液やドライアイ治療の併用が役立つこともあります。眼表面炎症が強い患者では、単に保存剤を減らすだけでなく、炎症そのものに介入したほうが改善しやすい場合があります。シクロスポリンやlifitegrastのような抗炎症点眼は、その文脈で理解できます[3][4]。ただし、これらの薬の承認状況や入手しやすさは国・地域で異なります。緑内障治療薬との優先順位や使い分けも個別判断です。重要なのは、眼圧と眼表面を別々の問題として切り離さず、一つの治療体験として捉えることです。

結論として、BAKは多回使用点眼薬に実用上の利点をもつ防腐剤ですが、長期使用、とくに緑内障の多剤併用では、涙液層の乱れ、角結膜上皮障害、ドライアイ症状の悪化に関わる可能性があります[1][2]。ただし、その影響は一律ではなく、濃度、頻度、累積曝露、基礎の眼表面状態によって変わります。だからこそ、処方の正解は一つではありません。症状、所見、点眼本数、継続しやすさを合わせて見て、必要であれば防腐剤フリー製剤へ切り替える。これが、現在のエビデンスに最も合った実践的な考え方です。

  1. [1] Skov A. et al. (2022). Comparative efficacy and safety of preserved versus preservative-free beta-blockers in patients with glaucoma or ocular hypertension: a systematic review. Available from: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34128326/ (Accessed: 2026-04-08)
  2. [2] Hedengran A. et al. (2020). Efficacy and safety evaluation of benzalkonium chloride preserved eye-drops compared with alternatively preserved and preservative-free eye-drops in the treatment of glaucoma: a systematic review and meta-analysis. Available from: https://doi.org/10.1136/bjophthalmol-2019-315623 (Accessed: 2026-04-08)
  3. [3] Li J. et al. (2022). Lifitegrast Ophthalmic Solution 5% Is a Safe and Efficient Eyedrop for Dry Eye Disease: A Systematic Review and Meta-Analysis. Available from: https://doi.org/10.3390/jcm11175014 (Accessed: 2026-04-08)
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