
目薬の防腐剤BAKは長く使うと目の表面に影響する?——緑内障の点眼を中心に考える
ベンザルコニウム塩化物、いわゆるBAKは、多くの点眼薬に使われてきた代表的な防腐剤です。とくに複数回使うボトルでは、開封後の微生物汚染が問題になりうるため、防腐剤や特殊な容器設計などの対策が用いられます[6]。一方で、BAKを含む点眼薬を長期間使うと、しみる、乾く、充血する、異物感があるといった目の表面の不調が起こりやすくなるのではないか、という点が以前から指摘されてきました。とくに緑内障のように毎日、年単位で点眼を続ける病気では、防腐剤そのものの影響も考える必要があります[2]。
この記事で主に扱うのは、緑内障や高眼圧症で長く反復して使う点眼薬のデータです。ここでいう「目に悪い」とは、主にしみる、乾く、充血する、異物感がある、角膜表面に細かな傷がつくといった眼表面の症状や所見を指し、重い視機能障害を一律に意味するものではありません。結論から言えば、BAKはすべての患者に一律で有害という意味ではありません。しかし、長期使用、多剤併用、もともとドライアイがある患者では、眼表面障害の一因になりうると考えるのが妥当です[1][2]。したがって、BAK入り製剤を一律に避けるのでも、一律に問題ないと考えるのでもなく、治療の必要性、症状、点眼本数、切り替えやすさを総合して判断することが大切です。なお、点眼後の充血や刺激感は、防腐剤だけでなく有効成分そのもの、基礎疾患、点眼手技、併用薬の影響でも起こりうるため、症状の原因をすべてBAKだけで説明することはできません。
BAKとは何か——点眼薬に使われる理由と基本的な作用
BAKは、主に多回使用型の点眼薬に加えられる防腐剤です。点眼薬のボトルは、使うたびに外気に触れ、容器の先端がまぶた、まつ毛、手指に触れることもあります。そのため、開封後の内容液には微生物汚染のリスクがあります。点眼薬の微生物汚染をまとめた系統的レビューでも、実際に細菌や真菌の混入が起こりうることが示されています[6]。多回使用ボトルでは開封後の汚染対策が必要であり、防腐剤はそのために使われる成分のひとつです。
BAKが長く使われてきた理由は、抗菌作用があり、製剤化しやすく、使用実績も多いからです。とくに緑内障点眼薬では、多回使用ボトルが長く標準だったため、BAK含有製剤が広く使われてきました[2]。つまり、BAKは薬効成分ではありませんが、製剤の保存性を支える現実的な役割を担っています。この点を無視すると、BAKの評価は偏ってしまいます。
ただし、防腐剤には本質的に両面があります。微生物を抑える力があるということは、眼の表面に対しても刺激になりうるからです。眼表面は、角膜上皮、結膜上皮、涙液層、まばたき、神経などが連動して保たれています。このバランスが崩れると、乾燥感、刺激感、かすみ、痛み、疲れやすさが生じます。しかもドライアイでは、患者が感じる症状と検査所見が必ずしも一致しません[18][19]。そのため、BAKの影響を考えるときも、単に角膜に傷があるかどうかだけでなく、患者が日々どのような不快感を抱えているかまで見る必要があります。
ここで大事なのは、「防腐剤が入っているから悪い製剤」と単純に考えないことです。BAKは保存性を支えるために使われる一方、患者によっては眼表面の負担にもなりうる添加物です。防腐剤をなくすには、使い切り包装や特殊な容器設計など、別の対策が必要になります。防腐剤フリー製剤は有力な選択肢ですが、すべての薬に同じように用意されているわけではありません。価格、持ち運びやすさ、開けやすさ、継続のしやすさも関わります。したがってBAKは、必要性のある添加物である一方、患者によっては負担になりうる添加物でもある、と理解するのが実践的です。
BAKは眼表面に影響するのか——眼表面障害に関する基礎・臨床エビデンス
では、BAKは実際に目の表面に影響するのでしょうか。現時点の臨床エビデンスから言えるのは、主に緑内障や高眼圧症の長期点眼において、「眼表面への負担を増やす可能性があり、とくに長期使用では無視しにくい」ということです。重要なのは、BAK含有点眼薬と、防腐剤フリーまたは代替防腐システムの点眼薬を比較した研究です。緑内障治療薬を対象にした系統的レビューとメタ解析(Hedengran et al. 2020)では、BAK保存点眼薬と防腐剤フリー・代替防腐剤製剤の間で、眼表面関連の有害事象に統計的に有意な差は確認されなかった。ただし、研究間で評価指標や期間が大きく異なることから、安全性に関する実質的な不確実性が残るとされている[2]。この結果は、「BAKが入ると薬が効かない」という意味ではなく、眼表面の使い心地や続けやすさに差が出ないとは言い切れないということです。
同じ方向の結果は、β遮断薬の比較でもみられます。緑内障または高眼圧症患者で、保存剤ありと防腐剤フリーのβ遮断薬を比べた系統的レビューでは、眼圧低下の有効性はおおむね同等でありながら、防腐剤フリー製剤のほうが局所忍容性、つまりしみる・充血するといった使い心地の面で優れる可能性が示されました[1]。つまり、防腐剤を外すと薬効が大きく落ちる、とは言えません。少なくとも一部の薬剤群では、効果を保ちながら眼表面への負担を減らせる余地があります。
ここで注意したいのは、BAKの悪影響は急性の強い毒性として現れるとは限らないことです。多くの場合は、軽い刺激感、乾燥感、充血、点状表層角膜障害、異物感など、慢性的でじわじわ続く不快症状として表れます[2]。点状表層角膜障害とは、角膜表面に細かな傷が点々とみられる状態です。こうした症状は軽く見えやすいのですが、毎日の点眼がつらくなると、治療継続に影響します。緑内障では病気そのものの自覚症状が乏しく、非遵守、つまり指示どおり治療を続けられないことが広くみられます[20]。その背景には、病識の乏しさ、手技の難しさ、治療が長期にわたることに加え、点眼時の不快感が関与する可能性があります。
長期治療の意義という面でも、この点は重要です。高眼圧症は、視神経障害はないものの眼圧が高い状態を指しますが、この段階で眼圧下降治療を行うと、原発開放隅角緑内障への進展リスクが下がることが示されています[11]。また、プロスタグランジン関連薬は緑内障治療で高い眼圧下降効果を示します[10]。つまり、緑内障治療では、薬効が確かであることと同時に、その治療を何年も無理なく続けられることが同じくらい大切です。もしBAK含有製剤が眼表面症状を強めて治療の続けにくさにつながるなら、理論上は効く薬でも、実臨床では十分な利益が得られないことがあります[20]。
一方で、BAKをめぐる議論では誇張も避けるべきです。系統的レビューは平均としての傾向を示すものであり、すべてのBAK含有点眼薬が同じ程度に有害という意味ではありません。影響は、BAK濃度、点眼回数、併用本数、薬剤の種類、もともとの眼表面の状態などによって変わります[1][2]。さらに、これらの比較研究は対象薬剤、評価項目、観察期間が一様ではなく、研究間の異質性もあります。したがって、「どの患者にどの程度悪影響が出るか」を一律に数値で示すのは難しく、個別評価が必要です。短期使用でまったく問題のない患者もいます。
それでも、少なくとも緑内障や高眼圧症の長期点眼では、BAK含有製剤は眼表面への負担になりうるとする報告が複数あり[1]、またHedengran et al. 2020のメタ解析では有意差こそ示されなかったものの安全性の不確実性が指摘されています[2]ただし、この知見を短期使用の抗菌薬、抗アレルギー薬、術後点眼など、すべての点眼薬に同じ強さでそのまま広げることはできません。この点を押さえると、「BAKは目に悪いのか」という問いへの答えは、全面的に避けるべきものではないが、条件によっては眼表面症状の一因として十分に問題になりうる、ということになります。
長期使用で注意したい患者像——ドライアイ、緑内障治療、多剤併用の視点
BAKの影響をとくに考えたいのは、眼表面がもともと不安定な患者です。その代表がドライアイです。ドライアイでは、患者が訴える症状と検査所見が一致しないことが少なくありません[18][19]。見た目の障害が軽くても、乾燥感、しみる感じ、かすみ、痛みが強いことがあります。逆に所見が目立っても自覚が乏しい例もあります。したがって、BAK含有点眼薬を使っている患者で、検査で大きな異常がないから問題ないと決めつけるのは危険です。点眼後にしみる、夕方に乾く、視界がゆらぐ、点眼そのものが苦痛だという訴えは、それ自体が重要な情報です。
ドライアイ治療で使われるシクロスポリンやリフィテグラストは、眼表面の炎症に介入する治療です。シクロスポリン点眼は中等度から重度のドライアイで有効性が示されており[15][9]、リフィテグラストについても安全性と有効性を支持するレビューがあります[7]。これは、ドライアイが単なる涙の不足だけではなく、炎症やバリア障害を含む病態であることを示しています。そうした眼表面に、長く刺激になりうる防腐剤が加われば、患者によっては症状悪化の一因になります。とくに人工涙液を頻回に使う人、角膜上皮障害を繰り返す人、炎症治療中の人では、防腐剤曝露を減らす意義がより大きくなります。
次に重要なのが、緑内障または高眼圧症の患者です。緑内障点眼は短期間で終わるものではなく、多くは年単位で続きます。しかも眼圧が十分に下がらなければ、1剤から2剤、3剤へと増えることがあります。プロスタグランジン関連薬は眼圧下降効果が高く、治療の中心ですが[10]、薬剤数が増えるほど点眼回数も増え、防腐剤への累積曝露も増えやすくなります。1本では問題がなくても、2本、3本と重なると急に刺激感が強くなることがあります。この累積曝露という視点は、日常診療で見落とされやすい点です。
また、緑内障ではアドヒアランス、つまり指示どおりに点眼を続けることの難しさが大きな課題です。レビューでは、点眼忘れ、自己中断、使い方の誤りなど、非遵守が広く存在するとされています[20]。その背景には、病気の自覚症状が少ないこと、手技が難しいこと、治療が長期にわたることに加えて、点眼時の不快感があります。実際、教育動画によって点眼手技や自己効力感の改善が示された研究もあり[8]、点眼のしやすさや使い方の理解が治療継続を支える可能性があります。BAKがすべての原因ではありませんが、眼表面への刺激を減らすことは、続けやすい治療を組み立てるうえで意味があります。
長期使用で防腐剤フリー製剤への切り替えを優先的に考えやすいのは、ドライアイ症状や角結膜上皮障害がある患者、緑内障や高眼圧症で年単位の点眼が必要な患者、2剤以上の点眼を併用している患者、しみる・充血する・異物感が続く患者です。逆に、短期間の使用で、眼表面症状がなく、点眼本数も少ない患者では、BAK含有製剤が直ちに大きな問題になるとは限りません。重要なのは、今だけでなく半年後、一年後も見据えて負担を評価することです。
防腐剤フリー製剤への切り替えは必要か——実臨床での判断と患者説明
では、BAK含有点眼薬を使っている患者は、防腐剤フリー製剤へ切り替えるべきでしょうか。答えは、「症状、治療期間、点眼本数、代替薬の有無を踏まえて判断する」です。エビデンス上、防腐剤フリー製剤や代替防腐システムの製剤は、BAK保存製剤に比べて局所忍容性の面で有利な可能性があります[1][2]。そのため、眼表面症状がある患者、ドライアイを合併する患者、多剤併用の患者では、切り替えや点眼本数の見直しを積極的に検討する価値があります。
ただし、切り替えの目的は「防腐剤をゼロにすること」ではありません。目的は、必要な薬効を保ちながら、患者が無理なく続けられる治療に整えることです。緑内障で最優先なのは、視機能を守るために眼圧を下げることです[11]。したがって、忍容性だけを重視して有効性を犠牲にするのは適切ではありません。あくまで、薬効を保てる範囲で眼表面への負担を減らす、という順番で考えるのが基本です。
実臨床では、まず問診が出発点になります。しみるか、乾くか、充血するか、点眼後に見えにくい時間があるか、何本使っているか、点眼を飛ばすことがあるかを確認します。ドライアイでは症状と所見が一致しないことがあるため[18][19]、患者の訴えを軽視しないことが重要です。もし眼表面症状があり、しかも複数のBAK含有点眼薬を使っているなら、本数を減らせないか、配合剤にできないか、防腐剤フリー製剤へ変更できないかを検討します。これだけで症状がかなり軽くなることもあります。ただし、症状の原因は有効成分や病気そのものでも起こりうるため、切り替え後の変化を見て判断する姿勢も大切です。
一方、防腐剤フリー製剤にも実務上の課題があります。使い切りタイプは衛生面で有利ですが、携帯性、開封のしやすさ、廃棄の手間、費用の面で不便を感じる患者もいます。また、すべての薬効成分に同じ選択肢があるわけではありません。したがって、患者が実際に使い続けられる形かどうかまで含めて選ぶ必要があります。どれほど理想的な製剤でも、点眼が難しければ効果は出ません。点眼手技の教育は治療成績に影響しうるため[8]、切り替えの場面でも使い方の確認は欠かせません。
患者説明では、BAKを必要以上に怖がらせないことも大切です。「防腐剤が入っているから危険」と伝えると、必要な点眼を自己判断でやめてしまうことがあります。説明の要点は次の通りです。
- 防腐剤には、開封後の点眼薬を汚染から守るために使われる役割がある
- ただし、長く使うと人によってはしみる、乾くなどの不快感が出ることがある
- 症状があるときは我慢せず相談すれば、防腐剤フリー製剤や本数調整を検討できる
- 自己判断で中止せず、治療効果と使いやすさの両方を見ながら薬を選ぶ
このように説明すると、患者は「薬が悪い」のではなく、「自分に合う形へ調整できる」と理解しやすくなります。とくに緑内障では、症状が少ない病気であっても点眼は毎日必要です。不快感があるまま放置すると、知らないうちにアドヒアランスが低下することがあります[20]。だからこそ、点眼後の感覚を定期的に聞き取り、必要なら早めに切り替える姿勢が重要です。
結局のところ、BAKは多回使用ボトルの実用性を支える成分ですが、長期使用、とくにドライアイ合併、緑内障の多剤併用、眼表面症状のある患者では、眼表面障害の一因として配慮が必要です。[1][2]症状がある場合は自己判断で中止せず、製剤変更や点眼本数の見直しを相談するのが現実的です。実臨床では、BAK入りかどうかを白黒で判断するのではなく、治療期間、症状、使用本数、患者の使いやすさを見て、必要なら防腐剤フリーへ切り替える。このバランス感覚こそが、もっとも現実的で患者利益の大きい対応です。
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