食後に飲まなければいけない薬 も ある、用法は守って!
飲み薬の用法には食後、食前、就寝前など様々なものがあります。薬を処方してもらったことのある人ならほとんどの人が指示されたことがある用法が食後だと思います。
だれもがなじみのあるこの用法は、一日三食が一般的な現代ではおよそ5~6時間おきに薬を飲ませるタイミングとしてうってつけです。食後は飲み忘れないための用法である一面があります。
ただし食後に飲まなければいけない薬の方が少ないのは意外と知られていないと普段の現場で感じています。医療用医薬品の飲み薬(内服薬)のうち用法が”食後”、”食直後”、”食事中”と決められている薬は全6373製剤中、それぞれ1425製剤、75製剤、9製剤です(医薬品医療機器総合機構ホームページ調べ,2021/11/3時点)。
すべて合わせても飲み薬の23%です。
本稿は食後と指示された薬を食後に飲まなくてよいと言っているわけではありません。医師、薬剤師に指示された用法を必ず守りましょう。食事が摂れないからと朝食後や昼食後の薬が飲めなくてたくさん余ってしまってはいませんか。指示された回数が飲めなければ医師も期待する治療効果が得られません。朝食をとる習慣が無い、仕事が忙しくて昼食が取れないという人は食事を摂っていない時も薬を飲んでよいか事前に医師や薬剤師に確認しておくとよいです。決まった時間に薬を飲むことができたなら治療効果が確保できるかもしれません。
なぜ食後に飲む薬があるのでしょうか。
食事をとる前に薬を飲む場合と、食事をとった後に薬を飲む場合では薬が吸収される速さや、吸収される量が変わることがあります。食後に用法が決められているごく一部の飲み薬はこの影響を受けやすく、食後に飲まないと効果が十分に発揮されないことが大きな要因です。また一部の薬は胃を直接刺激して副作用が出やすくなるものもあります。
この”食後”という用法に理解を深めるためにまずは胃の働きを理解していきましょう。
そもそも食後って何分まで?胃の中では何が起きている?
胃で吸収される薬はほとんどありません。薬の吸収は十二指腸の先の小腸上部で始まるので、そこまで早く届けば早く吸収が始まります。
胃は空腹時は縮んで成人では約150mlくらいの容積しかありませんが、食事により500ml~1000mlの胃液が分泌され空腹時よりも大きく膨らみます。胃が空の状態のとき(空腹時)に薬を飲むと胃の容積もあまり大きくならず素早く十二指腸へ送られます。食事を摂れば食べ物と胃液を混ぜる時間がある分だけ食後は薬の吸収が遅くなります。
食べ物が胃から十二指腸へ送られる過程を見てみましょう。
飲み込んだ食べ物は食道を通り、胃の入り口(噴門)に運ばれます。すると胃の上部は食べ物を迎え入れるために受け止めるような形状になります。胃は筋肉の三層構造になっておりよく動きます。胃は食べ物と胃液の塊をおかゆのような状態になるまで胃の出口側に送ったり戻したりしながら混ぜてゆきます。
胃は食べ物を胃の出口(幽門)から少しずつ十二指腸へ送り出します。通常の食事であれば胃がすべての食べ物を十二指腸へ送りだすまでに2~3時間かかります。脂っこい食事だと4~6時間かかります。脂っこすぎればもっと長くなることもあります、俗にいう胃もたれはこの状態ですね。
”食後”は一般的に食事が終わってから30分後までを指します。
つまり食後は、胃が食べ物と胃液で満たされておりよく動いてかき混ぜられており、そこに薬が入っていくわけです。飲み込んだ薬は食べ物と同じ速さで十二指腸へ運ばれるのを待つことになります。
食事の影響は大きく分けて二つ、吸収の速度と量
薬が早く小腸へ届くならなんでも食前か空腹時に飲めばいいだろうと思うかもしれませんが、消化液の助けがなくとも吸収されやすい薬は、吸収の素早さの観点だけならその通りです。吸収されやすい薬は食前でのんでも食後で飲んでも吸収が早いか少し遅いかの違いしかありません。
それでも胃への直接刺激がある解熱鎮痛薬の多くは食後の方がベターですが。
消化液の助けがなければ体内への吸収が非常に悪い薬は食後に飲みます。体内への吸収がされずらい薬は水に溶けずらく脂質(肉や魚の脂や、植物由来の油など)に溶けやすい性質のものが多くあります。十二指腸から分泌される胆汁により食事中の脂質と胆汁のスープに溶け込み、体内に吸収されやすくなるからです。用法は食後もしくは食直後(食事を終えてすぐから5分前後まで)と用法が指定されることになります。必ず食事を摂ってから服用する必要があります。そうでなければほとんど体内に吸収されず期待する効果が得られないことになります。なかには食事中に飲まないと期待する効果が得られないような極端な薬もあります。
体内へ吸収されにくい薬の中には食べ物があると小腸からろくに吸収されないものもあります。そのため胃が空になっているタイミングに飲めるように"起床時"に用法が定められている薬もあります。
吸収されやすさ | 用法 | |||
---|---|---|---|---|
吸収されやすい | どちらでもよい | |||
胃への直接刺激作用あり | 食後(胃ではなく腸で溶けるように特殊な製剤へ加工しているものが多い) | |||
消化液と食べ物と一緒の方が吸収されやすい | 影響が大きい順に、食後<食直後<食事中 | |||
消化液と食べ物があると極端に吸収が悪い | 起床時、食間(食事と食事の間) |
食後に服用することで効果が出やすい薬
一部の薬は体内への吸収がされにくくそれを克服するために用法が決められているものが多くあります。特に食前より食後で体内への吸収が良くなるものは、より効果を発揮させるために用法が食後に決められています。
具体例をいくつか見ていきます。
セフカペンピボキシル錠(フロモックス錠=代表的な先発医薬品名)は元々体内へ吸収されない成分を加工して(エステル化)して吸収されやすくした抗生物質です。それでも吸収率はおなかに何も入っていない空腹時よりも食後の方が良く、明確な差が出てしまったために以後の臨床試験はすべて食後で行われました。国に認められた用法も食後になっています。ただし治療上1日3回の服用が必要なのでたまたま食事が摂れなかった時は指定した時間に飲んだ方が良いです。
アメナメビル錠(アメナリーフ錠)は帯状疱疹の治療に使われる抗ヘルペスウイルス薬です。この薬も食前の服用に比べて食後の方が吸収が良く、より高濃度でウイルスに感染した細胞へ届くことで効果を発揮しやすくなるため用法が食後となっています。発症から早いタイミングで飲んだ方が良いので一回目は食後かどうかにかかわらず医師に指定された時間に飲んで下さい。
ブロナンセリン錠(ロナセン錠)は統合失調症に使われる薬です。空腹時にくらべて食後の方が吸収が良いことが確認されています。服用直後から12時間までの吸収量の目安(AUC0-12)で比較すると2.69倍の違いがあります。臨床試験も食後で効果が確認されているので用法も食後に指定されています。
食後に用法が定められている主な薬を挙げます。ただしここに挙げていないものは食後でなくても良いわけではないのでご注意ください。あくまでごく一部です。
食事の影響の大きさ | 薬剤名 | 用法が食後である理由 | データ | 効能効果 |
---|---|---|---|---|
小 | セフジトレンピボキシル錠(フロモックス®錠) | 空腹時に比べて食後のほうが吸収が良い 3割増しくらいになるかも | 食後でAUC=1.38倍,IFラットのデータから計算 | 外傷・熱傷及び手術創等の二次感染 …等(各種細菌感染症の治療および予防) |
中 | アメナメビル錠(アメナリーフ®錠) | 空腹時に比べて食後のほうが吸収が良い 空腹時だと半分くらいの吸収 | 空腹時はAUC=0.52倍に低下 | 帯状疱疹 |
大 | ブロナンセリン錠(ロナセン®錠) | 空腹時に比べて食後のほうが吸収が良い 食後の方が2倍以上吸収良い | 食後単回経口投与におけるCmax及びAUC0-12は、空腹時投与と比較して、それぞれ2.68倍及び2.69倍上昇した。 | 統合失調症 |
番外編 | リバーロキサバン錠(イグザレルト®錠) | 海外でのみ用いる20mgにて食後の吸収upがあり臨床試験を食後でしているから (日本人で使う10-15mgで食事の影響は確認されていない) | リバーロキサバン20mgを食後に投与した際、AUCは空腹時投与した際と比較し39%増加した(外国人データ) | 非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中及び全身性塞栓症の発症抑制 …等 |
副作用を軽減するために食後に服用する薬
これは番外編ですが、体内への吸収されやすさに食前、食直後でそれほど差がなかったものの副作用の出やすさが異なる薬もあります。
アミティーザカプセルは慢性便秘症に使う下剤の一種です。腸からの水分の分泌を促して便に水分を与えてスムーズな排便を促します。排便と排便の間隔が長く便が固い方に出す薬です。アミティーザの特徴的な副作用に悪心があり服用後に胸の真ん中より下のあたりからムカムカと不快感や吐き気を感じることがあります。この副作用が食前よりも食後で少ないことが判明しており、このアミティーザカプセルは食後の服用となっています。
サラジェン錠はシェーグレン症候群(口腔内の乾燥などを主症状とする難病)に用いられる薬です。唾液の分泌を促して口の乾燥を和らげます。この薬の特徴的な副作用に発汗、寝汗、火照りがあります。この薬の主作用である唾液の分泌を促す神経への刺激作用が意図せず全身でも現れ、たくさん汗をかいたり、体の熱感を生じます。この副作用が食後で薬を飲む方がより少ないことが分かっています。
胃が空の状態で服用すると胃に直接刺激があるものや特有の副作用で胃の粘膜を傷つけることがあるものは食後に飲みます。痛み止めの多くはこれに該当します。食べ物と消化液が胃の中の薬の濃度を薄めて刺激を受けづらくなると言われています。頓服で指示されているもの以外は食後で処方されることが多いです。
カテゴリ | 薬剤名 | 用法が食後である理由理由 | 効能効果 |
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体内への吸収は変わらないが副作用回避のため | ルビプロストンカプセル(アミティーザ®カプセル) | 空腹時に服用すると悪心が出やすい | 慢性便秘症(器質的疾患による便秘を除く) |
〃 | ピロカルピン塩酸塩錠(サラジェン®錠) | 空腹時に服用すると発汗や寝汗、火照りが出やすい | 頭頸部の放射線治療に伴う口腔乾燥症状の改善 シェーグレン症候群患者の口腔乾燥症状の改善 |
胃粘膜への刺激作用&副作用 | ロキソプロフェンナトリウム錠(ロキソニン®錠…他) | 頓服での服用は可能だが、空腹時の投与は避けさせることが望ましい(胃粘膜を直接刺激する作用) | 下記の疾患並びに症状の鎮痛(略)、下記疾患の解熱・鎮痛(略)、小児科領域における解熱・鎮痛 |
食事が摂れないときの対処法
忙しくて食事が摂れないときはいつも飲んでいた時間に多めの水で飲むかクラッカーやお菓子など軽いもので良いので口にしてから薬を飲むとよいでしょう。よく牛乳を飲んでおくとよいという意見も目にしますが、お薬の一部は牛乳中のカルシウムで吸収が落ちると言われているので医師や薬剤師にあらかじめ確認を取っていないのであれば避けた方が良いです。